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雑記です。

先日、ブリッジの講義を受けている時にふと思った事なのですが、思宴会でよく遊んでいるファイブハンドレッドはオークションでビッドをせずパスすると、もうそのプレーヤーはそれ以降ビッドに参加できなくなります。
これは一体何故なのか。
特に4人ペア戦の場合、パスの後にビッドができるとビッディングに戦略が増えて、ゲーム自体にもかなり幅ができるように思ったわけです。

例えば、自分のペアがパス、上家が6スペード、自分6クラブ、下家パス、ここで一度パスしたペアが7クラブ、という事も十分あり得ますよね。
ペアの協力なしで6は無理だけどペアがフィットしているのなら2人で7はいける、という事は往々にしてあるでしょうし、そもそもそういった協力的なオークション展開こそが醍醐味であり、勝利への道ではないかと思うんです。
そんな事を考えながらゲームファームさんの500ルールを読んでいたら、なんとしっかり
「一度パスをしたプレーヤーでもビッドに参加できます。」と書いてあるではありませんか。

ちなみに「一度パスをしたプレーヤーは以降ビッドに参加できない」思宴会式500はアレックスによる地元タスマニアルールの口伝です。
一応、メールを打って確認しましたが、アレクの地元ではやはりパスをしたプレーヤーは再度ビッドする事はできないとの事でした。
パス後ビッドができるかどうかでゲーム感はどれだけ変わるのか実際に遊んでみて検証したいところです。
個人的には、500の得点はコントラクトが1レベル上がるごとに20点ずつ均等に上がっていき、ブリッジで言うところのゲームやスラムなどのボーナスは一切つきませんので、とあるコントラクトを目指してシグナルを出し合うビッドをすることは少し現実的でないように思います。
また失敗した時のマイナス点が達成点と同じであり、マイナス500点以下になると即ゲームが終わるという側面から見ても、やはりコントラクトを上げながら互いのハンドの情報交換をしていく事はリスクが高すぎる行為のように感じます。
ですが前述のように、ファーストビッドでハンドが弱いために仕方なくパスコールした場合、ペアの指定したスートに後から合わせてレイズできないのはやはり少し淋しいですし、ミゼールが必ずジャンプオーバーコールになるのも実はかなり厳しい条件です。
パスで様子をみてオポーネントの7NTにミゼールをかぶせる事ができれば面白いと思うんですけどねー。
ちなみにミゼールビッド(250点)の強さは、ゲームファームさんでは7トリックと8トリックの間となっていますが、思宴会では8スペード(240点)と8クラブ(260点)の間という事になっています。
視覚的にわかりやすくする為です。

と言うわけで、500ひとつとって見ても細かい点まで挙げるとローカルルールはタスマニア、メルボルン、シドニー、キャンベラ、ふくち家と地方地方で数限りなく出てくる事と思われます(多分)。
ブリッジの様に競技化されたものを別として、ある程度のローカルルールはそのゲームが長く親しまれ遊ばれ続けているという証拠でもあるのではないでしょうか。

思宴会でも今後みんなのお気に入りゲームが長く遊ばれることで、否応なしにローカルルールが生み出されていくことと思います。
【タブラネット】の「取り札をプレイ中に確認しても良い」というルールはその最たる例でして、大会当日に初めてインストを受けた流さんの「コレ見てもいいの~?」という何気ない一言に端を発し、「じゃあ見ても良い事にしよう」となったのですが、本来そんなの見て良いはずがないんです。
でも「見て良いルール」の方が初心者に優しく且つ深みがあると思いますよ。
逆に【スコポーネ】や【カシノ】にこれを取り入れたらゲームにならないと思いますけれども。

タブラネットを遊んでいるコミュニティが世界にどれだけあるのかわかりませんが、このルールで遊んでいるのは思宴会だけではないでしょうか。
こうしてローカールルールのエッセンスで良くも悪くも一風代わったゲームができあがっていくんですなあ、きっと(^^;。

私個人はオリジナルのルールをかたくなに守り続ける事よりも、プレイアビリティ向上の目的であったり、マンネリ解消の為だったり、より面白くする試みであったりのローカルルール採用には前向きでいるつもりです。
ただひとつだけ気をつけていようと常に思っているのは「敷居を上げすぎない」という事です。
遊び続けて飽きてきたらルールを足すというのはよくあるパターンですが、それが加速した挙句にわけがわからない煩雑なゲームに変貌し、そのゲームを知らない人がいちから覚えるのが困難になるというのは当会においては歓迎すべきことではありません。
ルールの難易度以外にも過度のプレイマナーやお仕事プレイが「暗黙の了解」と化すのも避けたいところです。
プレーヤーの自由度の高さはある程度確保しないとこれもまた新規参入の妨げになってしまいますよね。
歴史は語るではないですがホイストの死滅、ナポレオンの衰退など実例は枚挙に暇が無く、現在においてはドイツゲームがそろそろ危ないと見ています。
エンドユーザーの要求水準が上がる事も、その要求に応えるべくデザインが複雑化していくことも、要求に耐えうるゲームがよく売れることも、よく売れるゲームが踏襲される事も、全て自然な流れであり、誰に止められる事でもありません。
盛者必衰の理と割り切るべきところでしょうか。
とは言え【ズーロレット】や【ケルト】がドイツゲーム大賞に選ばれたのは、方向転換の為の舵取りのようにも見えますし、今後の要注目ポイントだと個人的には思っています。

閑話休題。
ローカルルールのもうひとつの役割として、ゲームに新しい息吹を与えるというものがあります。
いまひとつパッとしないゲームのルールを少しいじってみたら大変盛り上がりました、という経験はどなたにも覚えがあるのではないでしょうか。
勿論いつでもそんなに上手く改良ができるという事ではなく、何となく感覚であれこれ変えているうちにフィットする事がほとんどかと思います。
これもやはり長く遊んでいるうちに育まれる類のものであります。
パッとしないゲーム=つまらないというわけではなく、要はメンツと状況にあっているかどうかだと思いますので、色々なゲームを場に応じて長く楽しく数多く、いつまでも貪欲に遊んでいきたいですね。

というわけで皆様今後とも末永くお付き合い宜しくお願い致します^^







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